
第17回
アドリア海クロアチアへの旅
その4
矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]
1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者
しばらく間があいてしまいました。ごめんなさい。
ダルマチア地方を旅する海好きの人にぜひ訪ねて欲しいのは、サン・クレメント島の東側、パルミジャナ(Palmizana)という小さな湾を抱く場所だ。小さい島なので、地図でサン・クレメントを探すのは大変だ。フヴァル島の西端から少し南、パクレニ諸島(Pakleni Otoci)のひとつの島である。島の形は面白く、まるで魚の骨のように陸地と深い小湾とが幾重にも連なってのびている。
この島には船でしか渡れない。船といっても、カーフェリーなどの定期船は通っていない。近くのフヴァルの港から小さなタクシー船に乗って渡る、あるいは自分のヨットやボートで行くというのがパルミジャナへの唯一の行き方となる。フヴァルの港からパルミジャナへは距離にしておよそ2.5海里(およそ4.5キロメートル)、狭い海峡をひとつ渡るだけだ。
島に道路はなく、車はまったく走っていない。道といえば、松の林間を縫う自然の小道だけ。深い静かな湾の奥には白砂のビーチが広がり、海は透明度高く輝いている。島の中はまるで植物園のようだ。ローズマリー、セージ、ラベンダー、バジル、ミントといったハーブ類や、ミモザ、オレンジ、オリーブなど多様な草木がいきいきと生い茂っている。
パルミジャナの歴史をひも解くと、中世期にアドリア海を支配したヴェネチア共和国にルーツを持つメネゲロ家という名前に行き当たる。メネゲロ家の先祖がサン・クレメント島に広大な土地を購入し、その子孫がそこにさまざまな種類の植物を移植して、自然の楽園を作ったのだという。敷地の中にゲストハウスを作り、少人数の客を迎え始めたのは100年ほど前のこと。その楽園はパルミジャナ・パレスと名付けられた。以来、パルミジャナはダルマチア地方の中で、隠れ家的な別天地として知られるようになった。
パルミジャナには、ビーチに面して3つのレストランと、隣り合った別の湾にひとつのマリーナが営業をしている(正確には、マリーナにも付属のレストランが2つあるので、食事処としては全部で5軒になる)。 このレストランがどれも個性的で素晴らしい。美しい海を望みながらダルマチア地方の料理を堪能できる。新鮮な魚介類と島で栽培される野菜やハーブがその主なる素材。ダルマチアの料理はイタリア料理に近く、また素材の味を十分に引き立たせるので、日本人の口によく合う。
ビーチに面した3つのレストランのうち、宿泊のできるゲストハウスを持っているのは、「パルミジャナ・メネゲロ・エステート」、すなわちパルミジャナに緑の楽園を創りあげたメネゲロ家の子孫が経営する魅力あるリゾートだ。芸術家や建築家がよく遊びに来ては、作品を残していくらしく、施設の装飾も奇抜で面白い。敷地の中にゆったりと点在するゲストハウスのインテリアも一見の価値ありだ。
贅沢な想像をめぐらすならば、夏のシーズンが始まる前か終わった後の、人の比較的少ない時期に、小さなヨットかボートを仲間とチャーターして、パルミジャナのマリーナに数日間船を泊め、毎晩違うレストランを訪ねて料理と土地の酒を味わいつくし、いい気持ちになって自分のボートに帰り、2次会に寝酒を数杯やったのち(大海の「海」なんて似合いますね、もちろん)、バース(船の寝床のこと)にもぐり込んでいい夢を見る。そんな旅ができたら、幸せこの上なしだなあ。
2009年05月11日

大きな地図で見る
写真をクリックすると拡大してご覧になれます