
第3回
フランス・ドアルヌネ
矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]
1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者
前回はアメリカ・ニューポートから大西洋を渡ってイギリス・カウズへとやって来た。そこで今度はイギリス海峡(ラマンシュ海峡)を渡り、フランスに行くことにしよう。
意外に思われるかもしれないが、フランスはその全人口の中でヨット遊びをする人の割合が世界でもっとも高い国のひとつである。ヨット大国といっても過言ではない。テレビではヨットレースが自動車のレースやサッカーなどとともに人気のスポーツ番組として普通に流されている。プロのヨットレーサーたちは銀行をはじめ一般企業や地方自治体からスポンサー契約を取り付けて、セール(帆)や船体に大きな宣伝を入れて海の上を走り回っている。「フジカラー」という船名のレースヨットも大活躍していたりする。
世界最大の生産数量を誇るヨットメーカー「ベネトウ」社はフランスの会社だ。ヨット雑誌はいくつも発刊され、その中でもっとも売れている2誌は実売部数でそれぞれ8万部近い売り上げがあるという。
フランス人(少なくとも海方面の私の知り合いたち)はその多くが「人と同じことをするのが大嫌い」なのだという。そしてというか、だからというか、冒険的なことが、しかもそれを一人で挑戦するのが大好きである。ヨットの世界では、単独大洋横断レース、単独世界一周レースにそれが顕著に現れている。これらのレースで常に好成績を収めているのは圧倒的にフランス人たちである。
大体において過激なスポーツにはフランス人が関わるものが多い。過激なヨットレースの最右翼のひとつは、2年に一度フランスをスタートする「ミニ・トランサット」という単独大西洋横断レースだ。全長たった6.5メートルという小さなヨットに一人で乗り込み、カナリア諸島経由、大西洋を渡ってカリブ海の島(前回はブラジル・サルバドルだったが)へフィニッシュするというものだが、これが今や大人気で、出場希望者が出場可能枠を大幅に上回る。
全長6.5メートル(約21フィート)の船など、海に出ればまるで笹舟のように小さくたよりない。波に翻弄されながらも、ばかでかいセールを展開し、ろくに睡眠もとらず、およそ8,000キロメートルの長距離を嵐の中も凪の中もひたすら走る。過去には何人も遭難者を出している。正気の沙汰とは思えないと普通の人なら思うだろうが、彼らはそれを褒め言葉として受け取るに違いない。
この「ミニ・トランサット」を私が最初に見に(撮影に)行ったのは1991年だった。その年のスタート地は、フランス・ブルターニュ地方のドアルヌネという小さな静かな港町であった。Douarnenezと書いてドアルヌネと読む。これがとても良い港町なのである。お手元に世界地図があったなら、フランスのページを開けて欲しい。フランス北西部、ビスケー湾の北側にブルターニュ半島が突き出ている。その半島の西にはブレストという大きな軍港町がある。その南がクロゾンの町、そしてクロゾンが面する同じ小湾の南にドアルヌネはある。
ブルターニュ地方は海の民がその文化を形作ってきた。男たちは皆海の民としてのルーツに誇りを持っている。ラテン気質とはやや趣の異なる硬派な雰囲気を彼らは持っているように私には感じられる。フランスの優秀なプロヨットレーサーにはブルターニュ出身者が多いというのもその表れのひとつだろう。ドアルヌネはそんなブルターニュ沿岸の中心的な位置にある。
「シャスマレー」という雑誌がある。ブルターニュの海の文化を研究し紹介する非常に質の高いしかも美しい雑誌で、編集者なら一度はこんな雑誌を作ってみたいと必ず思わせるほどの魅力を放っている。「シャスマレー」というのはこの地方の伝統的な作業船(漁船)の一種を意味するのだそうだ。この雑誌の編集部がドアルヌネにある。漁港を一望する古いピンク色の一軒家が彼らの編集室で、そこに学者然とした編集者たちが集まって実に楽しそうに働いている。
1980年代、「シャスマレー」が中心となって、ブルターニュの一時は失われかけた海の伝統文化を保存復活させようという運動が始まった。朽ちかけた古い木造の船を復元し、それを走らせ、漁法や生活などを記録し、職人を育てた。この運動はたちまち全国的な広がりを見て、1992年にはブレストを会場にして伝統的な木の船ばかりを集めた大フェスティバルを開催するに至った。
ドアルヌネの港に流れ込む川沿いには木造船の博物館がある。規模は小さいがブルターニュはもちろん、ヨーロッパ各地の伝統的な船が展示されていて実に楽しい。博物館には船大工を育てる学校も併設されている。
ドアルヌネへのアクセスは、パリから飛行機あるいは特急電車でカンペールという町に行き、そこからはレンタカーあるいはタクシーとなる。バスもあるのかもしれないが、使ったことがないので分からない。ドアルヌネを起点にして、北はブレスト、南はキブロンあたりまでを海岸線沿いにドライブしてのんびり旅をするというのは悪い計画ではない。ブルターニュの海のスピリットに出会う旅。もちろんシーフードが美味しいことは言うまでもない。
2005年2月8日
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