Column

世界の海辺

第12回
フランス・シェルブール

矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]

1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者

フランス・ノルマンディー地方シェルブールは、大西洋に面したフランス北部の主要な港町のひとつである。一昨年、私はこの町に、約ひと月ほど滞在した。

海洋冒険家、白石康次郎が2006~07年に参戦し、総合2位という素晴らしい記録を残した単独世界一周ヨットレース「ベルックス・ファイブ・オーシャンズ」。このレースに出場するための準備を、白石はシェルブールで進めた。なぜ、シェルブールだったのかといえば、この町にあるフランスで指折りのヨットビルダー(造船所)、JMVという会社が、白石の乗るレース用のヨットを建造したからであった。

建造といっても、彼のヨットは新艇ではなかった。世界一周レース用に新しいヨットを造ろうとすれば、少なく見積もってもヨットそのものだけで2億円以上の資金が必要となる。彼の予算で、それは無理だった。そこで彼は、スイス人の選手が以前別の世界一周レースで使用したヨットを買い、これを修理し、自分の使いやすいように改造する道を選んだ。そのためには、そのヨットを最初に造ったところで作業をするのが都合よく、その上、彼のプロジェクトをサポートする英国人やフランス人もシェルブールに住んでいたので、なおさら便利であった。

白石はシェルブールのはずれにチーム用の一軒家を借りて、そこから毎日造船所へと通った。前回のケープタウンでもそうだったが、彼の挑戦する世界一周ヨットレースを撮影したりサポートしたりすると、実に思いもかけないところに短期間だが住み暮らすという経験ができる。

白石はこの造船所での作業で、フランス人の慣習に少なからず悩まされた。日本人の感覚からすると、造船所の作業員たちの休みがとにかく多いと感じるのだ。一日のうちでは、まず昼休みが長い。ゆうに2時間は昼食から帰ってこない。残業をしたら、その分はきっちりと金曜日などに振り替えて、半休を取る。ブリッジというシステムがあって、木曜日が祝日だとすると、間の金曜日も休みになってしまう。古いヨットをレースで走れる状態にするために、作業リストは果てしなくあった。しかしなかなか思うように作業が進まない。なんとかするために、自分たちだけでも休日に作業をしたいと造船所に頼むと、保安上の問題があるので、その日に自身でガードマンを雇ってくれるならばいい、と言われてしまう。あらかじめ、この土地はそういうものだと得心していれば気分も違ったかもしれないが、限られた時間の中で多くの仕事を進めなければならなかった白石にとっては、日々大変な心労だった。

港町シェルブールの話を書こうと思ったら、ずいぶんと話がそれてしまった。すみません。

2008年12月03日

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シェルブール港の一画にあるヨットハーバー Port Chantereyne。およそ1300隻を収容できる

ヨットハーバーのわきの運河を奥に進むと商業港となる。正面は町の中心街。潮の干満差が大きいシェルブールでは、港の入口に水門を設けて港内の水位を一定に保っている

町の郊外にある小さな漁港。潮が引くとこのような状態になる。船の底を掃除するには便利

シェルブールの町中。気軽なレストランが多い。雨傘を売っている店はあるのか、と探したら専門の土産物屋があった。そして日本語で書かれた案内も店内に張ってあった

町を一歩外れると、シェルブールのあるコタンタン半島の海岸線はこのような景色が続くようになる

1933年に落成した大西洋横断駅の駅舎は、アールデコの代表的な建築として知られており、現在は海洋博物館になっている。20世紀のはじめ、この駅舎が隣接する桟橋には、ニューヨークに向かう豪華な定期客船が英国から寄港していた

海洋博物館には、大西洋横断駅のほかにもうひとつの目玉、フランス初の純国産原子力潜水艦ル・ルドゥターブル号が展示してあり、内部を見学できる